作家・ライター
シンガポール出身,元気なシングルマザー
鬱々とした陰気な感情を,
軽やかでポップな文章にするのが得意です

お仕事&執筆依頼などはこちら

その他のエッセイはこちら

食に貪欲であれ

今から真剣な文章を述べようと思う。
そしてある、ひとつの懺悔を行う。
どうか、食にひどく貪欲な女の、ただのくだらない独り言だと思いつつも、読むからにはこの話、真剣に聞いて欲しい。
 
わたしは一人暮らしをして5年目になるが、最近毎日のように「自炊」をし、それぞれの下ごしらえを多めに丁寧に作ってはストックなどもし、家計簿につけている食費は日々減っている。
 
オイオイ!一人暮らし5年目になって急にどうした!、と日々友人たちに驚かれる。いやいや、前から料理は好きだったのよ、ずっと忙しかっただけで、と言い訳をしながら本当の理由は『食への欲望が止まらないから』だということを恥ずかしくてつい述べられない。料理は好きだったけれど、面倒だったのだ。
しかし最近、その面倒さより食欲が完全に勝っているのだ。

 
たくさん食べる女というのはいかがなものか、とジェンダー学なんかを大学で専攻しておいて、わたくし、この口で言っている。だってやっぱり、苦笑しながら「お前めっちゃ食べるな」といつも言われるのが本当に嫌なのだ。

黙って穏やかな気持ちで食べさせてくれ!といつも思っている。
 
 
食べたい、のである。
たくさん美味しく食べたい、のである。
 
要するに食いしん坊なわけだが、外で食べて「女なのに食べ過ぎじゃないか」と笑いながら言われることも嫌だし、「食べる割には痩せてるよね」とか褒め言葉なのかどうなのかよくわからない言葉で遠回しに要するに過食だと指摘されることも嫌だし、というかそもそも食べたいものを食べたいタイミングで食べたい量食べるのには、もう自炊しかないということにようやく気づいただけの話なのだ。
 
ちなみにどれだけ食べるのか、という質問に対してはいつも回転寿司で1皿に2貫のったあのお皿を25皿以上食べられると答える。
単純計算で回転寿司ではいつも50貫は食べていることになる、よく考えたらただのアホかもしれない。小さい頃は食べ過ぎるたびに、親に『もうやめとけ』と怒られていた。高校時代は某TV局の「大食い女王選手権」の予選に出たこともある。
関東では有名な『らーめん二郎』ではマシマシを女だけれどもいつも問題なく完食するし、食べ終わったあとに食べ足りずに和菓子屋に出かけたこともある。
 
つまりわたしは、世の中の女子の『わたし結構食べるんですぅ〜♡』って言いながら「ああん!?」みたいな量しか食べない女子とは一線を画す存在であると強く伝えておきたい。
 
とまあこんなわたしであるが、とにかく気の赴くままに食べるのには、わたしにはひとつ問題がある。
 
去年の夏、わたしは腸閉塞という赤ちゃんがかかることの多いプリティな?病気で入院したのだ。
 

遊びに行っていた東京で倒れて搬送されたために東京で入院し、前期試験の真っ最中だというのに一ヶ月以上大学へ行くことは出来ず、追試も受けられず、だから華麗にこの春に学部5年生に進学することになったのだが、まあそれはともかく、つまりあの時のわたしは腸の病気だったのだ。
 
くるりん、と何をどう間違えたのかわたしの可愛い可愛い大腸の一部がある日ねじれてしまい、そこが見事に詰まってしまったもので、わたしは胃液ならぬ腸液という黒い液体を口から逆流させながらの入院となった。まるで二日酔いのような手軽な感じで、気持ちの悪い黒い液体をとにかく吐くのである。はたから見れば、大変に見苦しかったことだと思う。搬送やお見舞いに付き合ってくれた友人たちに心から土下座したい。
 
しかし、なにせ食べたものが腸から先には行かないわけだから、食べ物はおろか水分さえも一滴も取ることは出来ない。すべて点滴での生活であった。
のどが乾いてはうがいだけをして、のどを潤すだけで飲むことは一切できない日々が長く続いた。(腸閉塞なのは確定していたが、様々な検査をしても腸のどこが詰まっているのかが特定できず、若い女の子のお腹に大きな傷をつけるのは……というお医者様の配慮により特定するまで手術は長く延期されていたのだった)
 
 
入院中は毎日のように、夢をみた。
大きなボウルいっぱいのマッシュポテトを頬張り、メンチカツを死ぬほど食べながら、レバ刺しをちょいちょい、とつまむ夢である。どれもわたしの大好物だ。
 
そして目が覚める、現実がやってくる。現実では水さえ一滴も飲んではいけない。
その現実に打ちのめされて、入院中は早朝に起きては独りでメンチカツを思い出しながらメソメソと泣いたものだった。

食に貪欲なわたしは、メンチカツを思うだけで涙が本当に止まらないのだ。本当に文字通り毎日泣いたと思う。
 
 
なんとか無事に手術を終えたあとも、病院はすぐには退院させてくれなかった。というか、水さえも飲ませてくれなかった(いや、病院の判断は正しいのだけれども)。
集中治療室を出て2日後に、やっとお医者様から「美奈子さん、水なら今日から良いですよ」と言われたが、そこまで嬉しくはなかった。10日以上水を飲んでいない、水分への欲求は完全に麻痺しており、水を飲めない生活にわたしの身体は完全に順応していた。水は、水はどうでもいい!!!
 
思わず、お医者様に尋ねる。
「先生、水はどうでもいいんです!わたしはメンチカツが食べたいんです!」
イケメンの若いお医者さまは苦笑しながら答える。
「頑張って早く治しましょう、そしたら何でも食べられますからね」
イケメンの若いお医者さまは爽やかに答えるが、答えになっていない。イケメンなのに本当に役に立たない。 

いつだよ…結局いつになるんだよ!
身体はメンチカツを欲している。医者はそれを許さない。どうするか。
お腹の傷は痛み止めを使わねば眠れぬほどに痛むが、どうやらわたしは水さえも飲んじゃいけない身体らしいが、それでもわたしはメンチカツが食べたい。もういっそ退院が遠のいてもいい、メンチカツが今、食べたい。
 
わざわざ東京まで見舞いに来てくれていた母(うちの母は外国人なのでお医者さんの言う説明などの日本語がよくわかっていない)にこっそりと英語で頼む。
「お医者さんがもう食べていいって言ってるからさ、お母さんお願い、ちょっとメンチカツをコンビニで買ってきてくれない?」
堂々と嘘をついた。自然に頼んでみた。そして母は答える。
「いくらわたしが外国人だからって、水さえ飲んじゃいけないらしいのは知ってる。それは出来ないことぐらい分かる、バカにするなよ?」
 
こやつ、英語のできる看護師に既に注意事項を吹き込まれている。もうだめだ。
 
当時付き合っていた恋人も毎日見舞いにきてくれたが、彼に頼むのも難しかった。優しい声で彼は言うのだ。
「あと少しでなんでも食べられるからな、美奈子、身体のために頑張ろうな」
もうそんな風に言われながら頭でもなでられようものなら、「お願い。こっそりメンチカツを…」とは言えない。付き合って二ヶ月だった為に、食にがめつい女に思われたくないという、かすかな女心も残っていた。
 
うなされるような日々が続く。
 
そして水が飲めるようになった2日後、お医者さまが言う。
「この後の昼から、ごはん始めましょうか」
やったーーーと大声を出して喜んだ。(そのせいで少し傷跡が開きかけた)
 
恋人にLINEを飛ばす。
「ついに、ついに、ごはんが始まるって!!!!」
恋人は返信する。
「やったね!頑張ったね!」
 
わくわくしながら病院食を待つ。やってきた病院食はこれだった。
 

f:id:areyoume17:20130717182328j:plain 
念の為に言うが、これは食べる前の状態である。食後ではない。
 
おもゆ(お粥の液体部分だけ)、具なし味噌汁、サラサラしすぎたコーンスープ、お茶(2種類)、で全部であった。
 
看護師さんに間違ってないですかと文句を言うと、雨宮さんは腸の病気ですからね、流動食から始めることになってますから、決まりですよ、とやんわり怒られる。
 
泣きながらすべてを完食する。固形物が食べたいよ。
何日も食べていないもんだからこれが美味しくないわけじゃない、飲み込めばいっきに身体に染み渡る。だけども、わたしはメンチカツが食べたいの。
味のついた液体を何種類も出されても、ちっとも満足などするわけがない。悲しい。
 
そこで、絶食生活を知らずにお見舞いにきてくれた友人が持ってきてくれたクッキー(でも食べちゃダメよと看護師さんに念押しされていた)をこっそり少しずつ食べていた。感動的に美味しかったにもかかわらず、3度めにつまもうとした時にバレ、看護師さんに没収された。
 
そこから一日ずつ、少しずつだが、わたしへの病院食は進化した。
謎のコーンスープには小さい粒が少しずつ増え始め、固形物がちょっとずつ増えていく。だが、メンチカツは出てこない。
 
ついに入院生活も終わりを迎え、退院する日の最後の昼食でさえこれだった。
 

f:id:areyoume17:20130720080009j:plain 
お粥とかまぼこでわたしが満足すると思うのかァ!
とお盆をひっくり返したい気持ちになりつつ、結構美味しいじゃん?、と完食したことを覚えている。
 
お医者さまが退院する際に脅してきた。
『雨宮さん。退院後もお粥中心の生活をして、ゆっくりと少しずつ普通のごはんに慣らしていってください。
あとあなたはそもそも量が食べ過ぎなのと、いつも早食いなので、それを直さないと必ず再発します。わかりますか?今回入院したのは食べ過ぎなのもありますよ。そしたらまたメンチカツ食べられなくなりますよ?いいんですか?よくないですよね?だから本当に気をつけるんですよ。
 
クッキーを没収されたあともずっと、こっそりクッキー食べてること、僕知ってますからね。病院内のコンビニに、手術跡で痛いはずなのに、車いすでこっそり買いにいってたの、僕見たんですからね

なんでバレてんだよ。
いや、だけどもわたしだってバカではない。一応退院後は、友人の作ってくれたお粥と豚汁をゆっくり食べた。もちろん物足りない。それなのに友人は「それ以上はダメだよ」とやんわり注意してくる。わたしの性格をよくわかっている。
だが夜中、自分の腸に尋ねれば、「イケる」との返答が空腹のグゥ〜〜〜という音とともに返ってきた。よし、これなら明日は、と決意する。
 
その翌日、快気祝いに恋人がデートに連れて行ってくれた。
恋人は「くれぐれも無理をしないこと。リハビリを兼ねてゆっくり散歩をしよう。少しでも痛みなんかがあれば、すぐに休もうね」と丁寧に言ってくれる。優しいひとである。
そんなメールを読みながらデートに向かう途中、コンビニを見つける。神様が肯定していると本気で思ったわたしは、躊躇なく注文をする。
 
「メンチカツ、2つください!!!」
ホクホクのメンチカツは、人生で食べたものの中で文句なしに一番美味しかった。コンビニのメンチカツの多すぎるほどの油っぽさ、とろけるような肉汁、甘い玉ねぎのなんと美味しいことか。2週間ほどの絶食、1週間ほどの流動食生活。この食事こそ、そのピリオドにふさわしいではないか!

わたしは本当に食べ物に貪欲なのだな、と実感しつつ、そのあまりの嬉しさに涙を浮かべながらメンチカツをぺろりとたいらげた。食べちゃいけないものだという背徳感もまた、美味しさを加速させた。

そして反射的に、バレたら恋人に怒られるのでは、と思ったわたしは慌てて再びコンビニへ戻り、ブレスケアを買って飲み込んだ。免罪符にもなりやしない。
きっとあのあとも含めて、誰にもあの時メンチカツをこっそり食べたことはバレていない。そのことを今、ここで初めて告白する。もしも当時の恋人がここを読むことがあれば、もう時効だと思ってわたしを怒らないで欲しい。
しかもその日の昼、無茶を言い、反対する恋人の言葉を適当にごまかしながら新宿でつけ麺を大盛りで食べてしまったことも反省に値するだろう。
 
 
あれから。
少しずつではあるが、食べ過ぎないようにセーブし、日々体調には気をつけている。以前に比べると胃もたれもひどくなり、回転寿司も15皿ほどしか食べられないようになってしまった。(それでも多いと言われるが、わたし自身は食べられなくなった自分自身にすごく落ち込んでいるのだからもう何も言わないで欲しい)
 
そういうこともあって、最初の話に戻るが、最近は健康のために自炊が多くなってきたのだ。今年の年明けには胃潰瘍までやってしまったので、胃も腸もダメになったわたしは、自分が食べられる『健康的な限界』との折り合いをつけながら、最大限の満足できる食事をするには外食では不可能だということを突きつけられた。
だったら自炊してなんとか沢山食べる!と今、ひたすらに食欲を満たすため燃えているだけの話である。
 
 
食べることは、楽しい。
多少高くても、美味しいお店を見つけるのは何事にも代えがたい喜びである。
 
だが、身体が弱った今、わたしはなんでも食べられる身体ではない。
それでも時々はらーめん二郎だって、こってりしたイタリアンだって食べたい。せめて、週に一度、いや二度は食べたい。
 
だったらその日以外は、おだやかな食生活をして体調を整えるしかないのだ。
 
 
ゆえに、こうやって毎日キッチンに立っている。ヘルシーな料理を作り、食べ、明後日は豚骨ラーメンだな……とニヤニヤしている。

何がいいって、自炊をしている自分のことを対外的には『料理が好きな女の子』として可愛いアピールできることである。実際は食に貪欲だから仕方ないだけなのだが、これが妙に男の人ウケがいい。
 
 
だからわたしはここで懺悔する。
本当はただの食欲が止まらないだけの人間なのだが、最近知り合ったひとには可愛い料理好き女子♡のアピールの材料にしていることを。
 
そしてこれを読んだあなたには、美味しいところを知っていたら連れて行って欲しい。その日に向けてまた、わたしは準備万端で迎え撃つからだ。
 
食べるって、すごく楽しいことです。
一応あれ以来に反省したわたしは、今日もそんなに食べられないくせに食べログを眺め、有料会員になったクックパッドで美味しい料理を眺める。そして台所に立ち、たっぷり肉汁のメンチカツを作るには、というシュミレーションをじっくり行い、エアまな板で肉の下ごしらえの動きをする。気が済んだらその後、お粥と薄味の味噌汁を死んだ目で作っているのだ。

……ほ、ほんとだってば。
 

目次