作家・ライター
シンガポール出身,元気なシングルマザー
鬱々とした陰気な感情を,
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飛行機の中、夜景を見下ろしながら

ただいまシンガポールに24日という弾丸旅行で、帰省している。

 

この文章は強風に揺らめく飛行機の中、窓からフィリピンのマニラの夜景を眺めながら書いている。

マニラの夜景はまばゆく美しいが、光と光の間隔が広く、まだまだ経済成長の真っ只中だなあと思わせる。東京や香港の夜景はもっとみっちりと詰まっている。こういうところに差が出るのか。

 

思い返してみれば。

私がここまで上手に日本語を使えるようになって、日本人らしい振る舞いをそれなりに身につけてもなお、やはりまだお客様のような気持ちで日本、そして東京での日々を過ごしていることに気がつく。

 

味噌汁を飲まない日々が続けば和食がどうしようもないほど恋しくなるというのに、温かいお風呂に肩まで浸からないとすっきりしないのに、好きになるのはいつも日本人の男ばかりなのに、でも私はやっぱり日本人にはなりきれないらしい。

 

幼少期の思い出を記憶の奥からたぐり寄せれば、フィリピン人のメイドさんの記憶が真っ先に思い浮かぶ。

 

当時シンガポールで一軒家に住んでいた私の家族には、いつだってフィリピン人の女性のメイドさんがつきっきりだった。母親のいないところでは、随分と横暴に振舞っていた3歳児だったように思う。

甘やかしてくれるメイドさんは、いつだって私が望めば我慢させずに甘いものはくれるし、大好きなケンタッキーのチキンとマッシュポテト(これ日本にはないんだ)を食べさせてくれた。私はさながら、わがままな娘様というかんじだ。

 

私の人生を形作った基盤は、やはりどう思い返してもシンガポールにある。

今ではシンガポールに帰省するよりも香港や台湾などに仕事やプライベートで行く用事がどうしても多いが、香港に行く時とシンガポールに行く時とでは胸の高鳴りが随分と違う。やはり、祖国というものは自分にとって特別な場所なのだ。不思議なもんだけども。

 

東京以上に都会としか言えない、バブルで最先端なものに囲まれたシンガポールの大都市こそが、私にとっての懐かしい風景。原風景。

 

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私の頭の中には皆のように田んぼが広がる通学路や、朝ごはんを作るために台所に立つ母がトントンとまな板の上で包丁をリズムよく刻む後ろ姿はない。

 

私の頭にあるのはきらめくばかりのネオンとビル街、そしてフィリピン人メイドの作ってくれるちょっと味のズレたご飯なのである。

 

現在東京にて夫と二人暮らしをしているが、我が家には家事手伝いのおばちゃんが度々きてくれる。私はそのおばちゃんに頼って生きているし、彼女がいなくなってしまえばどうにもこうにも、現在の我が家の使っている洗剤の銘柄ひとつさえわからなくなってしまうほどだ。家事は外注するもの、そう思って生きてきた。

 

日本の人にこれを話すと、ときに怠惰な嫁だと笑われることがある。

まあ、仕方ない。

でも私とあなたでは、きっと頭の中に形作られている様々な文化や文脈がまったくもって全部まるっと違っていて、価値観なんか特に大違いなのだから。

 

その理由はきっと私の見た目が生粋のアジア人のハーフってことで、日本人そっくりな見た目をしていることだろう。もしも私が金髪碧眼で同じことをすれば、「なるほどそれが欧米スタイル」ともう少し理解を早めてくれそうなものだが。違うか?

 

シンガポールの空気を吸う時、私はきっと自分の感覚に正直になっている。感性や心の声に素直になれる。ああ、ここだなあと思う、私の生きる場所は。

日本人に擬態して生きている日々からの解放は意外と大きなもので、こういう帰省は私の心を安定させてくれる大事な呼吸でもあるのだ。

 

再び、夜景を眺める。

マニラの夜景が途切れていく。

セブの上空は通るのだろうか。ハノイはの上は?ジョホールバルは?

 

そうやって少しずつシンガポールに近づくたびに、私にとって聞き馴染みのある都市の名前がディスプレイに映し出される。

 

「現在、当飛行機はフィリピン上空を飛んでいます」

 

チキンビリヤニを選んだのに、なぜだかほうれん草のおひたしや蕎麦のついたへんてこな機内食を食べながら、私は「まあ、和食も好きなんだけどね」と肩を竦める。

シンガポール航空よ、なぜこんなセットにした。めんつゆとビリヤニって、あんた合うわけなかろうよ。

 

シンガポールと日本を愛する私だから、この機内食の変なセットも受け止めてやるけども。

 

まもなく、シンガポールへ到着しそうだ。ただいま。

 

 

 

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